哲学と精読

共通テストは辛い

同志社志望の高3生(18)

現代文の指導

引き続き『現代文読解基礎ドリル』に取り組んでいます。本人も慣れてきたようで、自習でスムーズに進めてくれているようです。今回も私が特に注目した設問を復習がてら取り上げて、検討していきました。

対比の章の演習6を扱いました。内容は、喜劇論であり、ある喜劇の作品としての価値を判定するような文章でした。

論を捉える

冒頭5行ほど割かれて、劇作家であるサイモンの喜劇『おかしな二人』について述べられていました。生徒はこれを《具体例》であると把握していました。それ自体は、必ずしも誤りというわけではないですが、サイモンなり『おかしな二人』なり、固有名詞が出現しているから《具体例》であると判断するのは、(予測的な読みとしては許されるものの)早計であると指摘しました。

なぜなら、評論文における《具体例》は《論をサポートする》ものとして、《論と例》がセットになっていなければならないからです。今回の『おかしな二人』についての記述に対応する《論》はなく、ただそういう喜劇があると紹介されているにすぎません。

ではなぜ紹介されているかというのは、続きを読めば分かります。

次の段落では冒頭で、「多幕物の喜劇をただひとつの趣向を用いて成立させることには、実はかなりの無理がある」と指摘されています。ここでのただひとつの趣向を用いた多幕物の喜劇とは、サイモンの『おかしな二人』であることは第1段落を読めば分かります(し、それ以外に候補がありません)。

つまり、《サイモンの『おかしな二人』は、無理がある》というのが筆者のテーゼ(論)であり、ここでの固有名詞は《例》ではなく、《論の一部》あるいは《論の対象》というべきなのです。

いかにして論を説得力あるものにするか

続いての問題は、論をいかにして証明するかということです。

理由や根拠のないテーゼは、論ではなく、単なる意見表明です。筆者は読者に納得してもらえるように、論の根拠を提示することに関心がある場合が多いです。

さてこのような論証にはいくつかの手法がありますが、ひとつには《論と例》、すなわち具体例を提示することによって実際に論が正しいことを証明する場合です。

もうひとつは、今回の対比です。つまり、サイモンの喜劇と、他の喜劇とを対比することによって、サイモンの喜劇の性質を明らかにし、以て論の正しいことを示すのです。

詳しく言うと、サイモンの喜劇を傑作とされるシェイクスピアゴルドーニの喜劇と対比させることによって、サイモンの喜劇が傑作ではないことを論じるということです。

・AとBとのあいだには、《重要な違いがある》

・Aは〜である。ところが、Bは〜である。

形式的にはこういった表現に注目して、対比による論証を意識していくことが大切です。内容がよく分からなくても、分かるところから始めることが鉄則です。

因みに《論》は繰り返されるという傾向がありました。今回は、《論→対比による論証→論》という構造になっています。

・多幕物の喜劇をただひとつの趣向を用いて成立させることには、実はかなりの無理がある

・『おかしな二人』とは、設定について無理をした結果、傑作になりそこねた

この二つはほぼ同趣旨の論の繰り返しであるということです。